たまたま選んだ映画が、こんなにも残るとは

私は今、胃カメラ検査の前に投与する麻酔注射の効果が出ているような感覚です。現実なのか非現実なのか、頭がボーっとして記事を書いていることも実感が伴っていません。映画を見た後の余韻はこれほど大きなものなのか、その影響力に驚きを隠せません。

MERCY/マーシーAI裁判」は期待もしていないし、眼中にない作品。それなのに選んだのは、たまたま上映時間が合ったから。ただそれだけの理由です。逆にそれが良かったのかもしれません。想いのハードルが低いからこそ、容易に心を動かされたのでしょう。

スクリーン9の部屋に入ると、目を疑う光景が飛び込んできます。史上最強の貸し切り状態。なんと、私を含めて来場者は3人。近隣席の人がいないようにと、端の席を取ったことがバカらしく思えたほど。これほどの空間をほぼ独り占めにできるのは、この上ない贅沢です。

ストーリーはハラハラドキドキの連続。息つく暇もなく、目まぐるしく変わる展開の速さに頭が追いつきません。もともと私は、内容を理解するまでに時間を必要とするタイプ。家族と一緒に映画を見に行くと、「パパ、ちゃんと理解できた?」とツッコミを受けてしまいます。

途中、登場人物や情報の多さに思考が錯乱状態となります。これでもかというくらい考えさせる台詞や映像は、私の理解力をあざ笑うかのよう。必死になるあまり、気が付くと体が硬直しているのが分かります。日本語吹替だから助けられたものの、字幕なら読み切れないこと間違いなし。

「人間もAIも間違いをする、そしてまた学ぶ」

これはクライマックスシーンで放たれる言葉。私に対しての教えか警告か。「大切なことを忘れるな」と突きつけられているようです。「人間の直感」VS「AIの知能」はまさに見どころのひとつ。壮絶な場面が創り出す強烈なメッセージは、しばらく頭に居座ります。

このまま麻酔が覚めなきゃいいのに。もっともっと浸っていたい。そう思いながらも、少しずつ記事の執筆に集中が戻りつつあります。自分が何を感じたのか、何を学んだのか、何を活かしたいのか、そんな想いをしっかり言語化しておきたいと思います。

それにしても、たった3人の鑑賞者。実にもったいない。


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