母と過ごす、いつものモーニング

母親とのモーニングタイムを過ごす私。実家を離れたのは大学時代、別の場所に暮らすようになって30年以上になります。それでも、時々こうして顔を合わす時間を作っています。母親は私にとって最大の理解者であり、応援者であり、大切にしたい人なのです。

地元の喫茶店では、午前中に行くと特別なサービスが待っています。母親はホットコーヒー、私はホットレモンティーを注文。すると、テーブルの上に届いたのは大きなトレーに載った数々の料理。「あれ?こんなに注文したっけ?」と一瞬目を疑うほどです。

「モーニングサービス」と言って、ドリンクに付いてくるものは全て無料。全国的にも同じようなサービスはあるのかもしれません。ただ、レベルが違うというか、もはや異次元に達しているのではないでしょうか。母親は特に驚く様子もなく、コーヒーカップへと手を伸ばします。

トレーには載っているのは、全部で7品。私は多少戸惑いながら、何から手を付けようか迷ってしまいます。注文をしたドリンクとレモンスライスのほかに、バタートースト、ゆで卵、茶わん蒸し(えっ?)、五目御飯(えっ?)、みそ汁(えっ?)、まるで食堂の定食のようです。

私は子どもの頃から、親に連れられて喫茶店へ行くのが日常でした。両親だったり、祖父母だったり、親戚だったり、身近な人と朝のひとときを過ごすのです。だから、こういった光景には慣れっこのはず。時代が変わったのか、競合がそうさせたのか、完全にレベルアップしています。

当日は朝食を控えていたので、空腹の私にとってありがたい限りのサービスです。その中でも茶わん蒸しは大好物、回転すしに行くと必ず注文します。喫茶店で食べる茶わん蒸し、一抹の不安を感じながら口へと運びます。「やば、美味い…」家庭ならではの優しい味に癒されます。

次は五目御飯へ。これまた最高の味付けです。他の品々も言うまでもありません。私は空腹を満たしながら、同時にほっこりしている自分に気づきます。喫茶店には子供の頃の思い出が浮遊していたのです。「思い出が浮遊?」何を言っているのか?と思われるでしょう。

確かに思い出が目に見えるはずもなく、目の前に見えるのは物体のみ。では、私の気持ちに影響を与えたものは何なのか?「うーん、もっと語彙力や伝達力が欲しい!」言葉で表現できないのが歯がゆいです。私の心が、目に見えないものを感じ取っていることは事実なのに。

母親とひとしきり話すと、今日も生きている実感が湧いてきます。「ありがとう、お母さん。必ず恩返しするからね」と心の中で誓うのでした。


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