今日は契約に至らなかったけれど

今日は仕事で、82歳の男性と面談の予定がありました。本来の目的は、追加契約をいただくこと。そのためにさまざまな角度からヒアリングをして、その方のニーズを明確にしていく。神経を研ぎ澄ませて臨むため、大きな疲労感が残ることも少なくありません。今日も、そんな覚悟をもって訪問しました。

男性のご自宅は、かなり年季の入った外観で、表札の出ていない玄関。事前にアポイントは取ってあるとはいえ、「本当にここで合っているのか?」「人が住んでいるのか?」と、じわじわと不安がこみ上げてきました。

玄関は引き戸。その横に取り付けられたインターホンを、人差し指で恐る恐る押します。家の中から呼び出し音は聞こえるものの、なかなか人が出てくる気配がありません。

「今日は運が悪かったかな…」

そう呟いて、車に戻ろうとしたその時です。古びた玄関扉を、ゆっくりと開けようとしている人影が目に入りました。私は急いで玄関先まで駆け寄り、「いつもお世話になります。河村と申します」と、少し大きめの声でご挨拶。

男性はステテコ姿で、「今日は暑いね~」と、のんびりした調子で応えてくれました。その瞬間、「ああ、今日は仕事抜きの話になるかもしれないな」と、直感でそう思いました。

部屋に通されると、エアコンと扇風機が用意されていて、涼しく快適な空間。話は自然と、男性のこれまでの人生へと移っていきました。どうやら奥様を亡くされて20年以上、ずっと一人暮らしをされているとのこと。

「お一人で寂しくないですか?」

そう聞いた私の問いに、男性はにこやかに、

「毎日が楽しいです」と。

その表情と言葉に、私は思わず心が緩みました。

「人生はいろいろあるけど、流れに逆らわず生きてきたんですよ」と語る男性。

私はどちらかというと我が強く、つい口論になることもあるタイプ。だからこそ、この言葉が心に深く染み入りました。張り詰めていた気持ちが、スッと楽になるような感覚。「そっか、こういう生き方もあるんだな」と、まるで人生の先輩にやさしく背中を押されたような気がしました。

日々、やることに追われていると、つい損得や効率だけで物事を考えてしまいがち。でも、今日のような会話、特に経験豊富な方からの言葉には、迷った時の“軌道修正”の力があります。

今日の面談は、終始穏やかで、社員としてではなく一人の男として語り合った時間でした。結果的に契約には至りませんでしたが、そんな出会いがあってもいいのではないかと。むしろ、それこそがこの仕事の本質なのかもしれません。